福島民報新聞・サロン集 「大切な空間」  

2006年2月22日(水曜日) 掲載

大切な空間

何もない四角い空間に白い壁と茶色の床材。吹き抜けの天井のトップライトからはうっすらと自然光が入り、隅にはロフトに上がる古い階段がある。木のぬくもりがあり狭く薄暗い空間のロフトが、わたしのお気に入りの場所である。
今から十二年前、もともとはわたしのアトリエにしたいとの思いで建てた空間。外注にすれば、楽で早くきれいに仕上がるのだが、お金を掛けない分、時間をを掛け自分の手で楽しみながら築いた空間も一つの作品なのかもしれない。
この空間が、わたしが営む「ギャラリー創芸工房」でありアトリエでありサロンでもある。絵画、工芸などさまざまなジャンルを越えた作品に出会える場所である。真剣勝負の作品には、背筋がピンとなる緊張感や心和むぬくもり感、たんたんとしたひたむきさ、意志の強さなど作家の思いがゆっくりと、じっくりと伝わってくる。そんな作品たちを前に、いいかげんな展示は許されない。上から下から、右から左から、近くから遠くから、対比させたり調和させたり、作品の良さを最大限に生かすため、時間を掛け作品と対話をしながら、心地よい空間を求めている。ギャラリーの扉を開けた瞬間の感動や、作品を手にした時の喜ぶ顔が見たいから、できる限り魅力ある空間づくりに心掛けている。
単に作品を展示するだけの一方通行ではなく、体験教室も開き、作家との交流を通して、作り手の苦労や楽しさをより身近に感じてほしいと考えている。不器用だから、下手だから、格好悪いからと、自分から扉を閉めないで挑戦することにより、新たな発見や喜びが生まれてくる。
つい先日、三年前に求めた普段なにげなく使っている、湯飲み茶わんを割ってしまった。捨てて新しい物をと思うのだが、作り手の顔が、そのときの出会いや記憶までも捨ててしまいそうなので直してもらうことにした。直しには、茶わんを求めたときの二倍ほどの金額が掛かったが、割れは割れで新たな表情が生まれ、また一緒に生活を続けようと思う。
物を大切にすることは、人を大切にすることであり、お気に入りのモノは、長くとことん付き合うことで、ぬくもりや息遣いが感じられる。いくら眺めても飽きがこないし、使って楽しく豊にしてくれる。
作り手の眼を輝かしている奥には、何歳になっても子どもの心を失わない、純粋な好奇心や探求心など何か共通するモノがある。いい人に出会えるのも、目には見えないが大切な財産だ。わたしも、その人たちの生き方や行動など少しでも吸収できたらと思うのだが・・・・。
自分一人の力はわずかであるが、カミさんに補ってもらったり、周りの人々に支えられ、育てられ、好きな空間で好きなことを職業にする幸せ。楽しみと充実感を見いだし、多少つらくても大変でも、カミさんの笑い声でどれほど助けられたか。地道な努力を惜しまず、常に学び感動する心を大切に、いつもクリアな気持ちでいたいと思う。
情報技術が発達し時間に追われ、顔の見えない時代だからこそ、風景も物も人も、そのときそのときの偶然性の出会いに感動し心が揺り動かされる。そんな生きた空間を大切にし、体に栄養も大切ですが、心にも栄養を補ってください。
今後、ますます心の時代になっていくから・・・・・。
鈴 忠壽


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